2013年3月アーカイブ

春野

春野

めざめれば 緑まだらな 春野かな

いつの間にか季節は移っていく。

一面の枯野が3月も半ばを過ぎると、緑がそこここに生えてくる。

枯野の中に緑の斑模様が作られていく。

あと一月もすれば、一面緑に変るのであろうが、今はまだ緑色は多くない。

しかし、緑がまじるだけで確かに春は来ている。

今日は遠くの空まで春がすみで霞んでいるようだ。



ソメイヨシノ

ソメイヨシノ

若葉萌え ソメイヨシノが 匂い立つ

桜が満開になった。桜の名所は人々でいっぱいになった。

少し寒い中を花見客はそぞろ歩きながら、はかなく華やかな桜を楽しむ。

桜のかたわらには、けやきや柳の新芽が芽ぶき、

さ緑色のやわらかい葉を風に揺らしている。

実はうす桃色のさくらをきわだたせているのは、この萌えいでた若葉の緑なのだ。

ピンクと淡い緑が、絶妙のコントラストをつくりだしている。

淡い緑は桜のはかなさを、嘆き悲しんでいるかのようだ。



初ざくら

初ざくら

初ざくら 百花繚乱 先駆ける

関東でも例年より10日早くさくらの開花宣言が行なわれた。

この日にソメイヨシノは数輪が花開いたわけだが、しだれ桜はもう満開だった。

私にとって初ざくらはしだれ桜のことであり、このしだれ桜が満開になるころには、

白蓮や木蓮、雪柳なども咲き始め、なだれを打つように色々な花が開く。

そして春本番になれば、そこいら中が花でいっぱいになる。

まさにしだれ桜は百花繚乱の先駆者に違いない。



春宵一刻

春宵一刻

春の宵 一刻だけの 梅の花

夕方六時過ぎに公園のそばを歩いていると、かすかに梅の香が漂ってきた。

もう暗くなってしまった春の宵に、存在を気づかせるように、

ほんのかすかな香りだった。

どこにあるのだろうと、公園の中に入ってみた。

そこには終わりまぎわの紅梅が、闇に紛れて、精一杯、花を咲かせていた。

春の宵は寒くなるまでのひとときがほんとうに気持がいい。

その貴重なひとときを梅の花がひときわ、きわだたせていた。



萬来軒

萬来軒

萬来軒 今日閉店の 浅き春

春は出発の時である。同時に別れの時でもある。

生じたものは必ず滅すと仏教でも言っているように、

どんなものにも始めがあれば、終りがある。

家の近くの駅のそばの名物ラーメン店がこの春店を閉じた。

会社の近くにあった名物カレー店も昨年末閉店した。

しかし、感傷的になる必要はないのかもしれない。

閉じる店があれば、また生れる店もある。

今日も、どこかに、斬新な新しい店が生れているに違いない。



剪定(2013年)

剪定

枝はらい 少し涼しき 春の風

庭の木の剪定をした。

どの木もたくさんの枝がはらわれて、まるで床屋に行ってきたかのように、

すっきり身軽になった。

春一番が吹いても、身軽になった木々にとっては、涼しいと感じるかもしれない。



レンギョウ

レンギョウ

突然の 春の宣告 レンギョウの花

レンギョウは春の訪れを最も早く告げる花の一つだ。

ある日突然黄色い花が咲く。それも一度にかなりの花をつける。

今まで、そこにレンギョウがあったことなど誰も知らなかったのに、

一夜にして、レンギョウの存在を知らしめる。

そして、灰色の風景を明るく一変させる。

花言葉は「希望」



一方通行

一方通行

迷い道 思いもかけぬ 梅の花

一方通行ばかりの場所に迷い込んでしまった。

行きたいところからどんどん離れてしまう。

ついには行き止まりにぶつかってしまった。

右折できるところまでもどって、右折をした。

すると、そこには思いがけないほど綺麗な白梅が咲いていた。

一方通行もたまにはいいことがある。



メジロ

メジロ

ひと休み 梅の木巡る メジロかな

家の前の紅梅に見慣れぬ小鳥がとまっている。

鶯色の羽から「うぐいす」ではないかと思ったり、

目のまわりが白いので「メジロ」かなとも思ったり。

調べてみると「メジロ」らしい。梅の花を巡っては「蜜」を集めているようだ。

「うぐいす」と異なり「メジロ」は郊外にもよく出没する。

蜜集めに疲れたのか、枝に止まって休んでいる姿は、

なんともユーモラスでかわいらしい。



氷雨

氷雨

氷雨降る 二月の街も どこか春

今日は冷たい雨が降っている。

少し暖かくなったと思ったら大雪になったり、みぞれまじりの雨が降ったり、

今年の冬はとても寒い。

それでも梅が咲き、二月も終わる頃には、冷たい雨の中にもどこか春の匂いがする。

雨に煙る木々の芽は少しふくらみ、道端の草は緑がかっている。

自転車にのった人の黄色いかっぱも、少し春らしく思える。