名刺からはじまる営業現場のイノベーション ~1ツールで生産性を拡大したある会社の物語~
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第1話『売上拡大のための方法を見いだせ!』
「各チームとも、現状より売り上げを20%アップ
せよ」
おそらくどの業種の営業部でもあたりまえのように上司から伝えられる業務命令を思い起こしながら、木築 大(きづき だい)は深い溜め息をついた。
制御機器や情報通信系機器に強みを持つA社の営業部では、取り扱う商品によって担当するチームを振り分けている。木築が担当する営業部第1チームの守備範囲は産業用の制御機器であり、エネルギー制御機器を担当する第2チームのように大口の固定客は持たず、住宅や家庭用設備機器を取り扱う第3チームのように幅広い商品群を取り扱うわけでもない。
生産設備の更新や工場新設などのスポット的なニーズを持つ企業を探し出し、大手やベンチャーの通信制御機器メーカーと競いながら一括した制御系システムの受注へと結びつける。この営業活動は他のチームよりも長期スパンを要する上に不安定なものとなりがちで、朝から晩まで悪戦苦闘しているチームメンバー達に上層部からの一律な数値目標を伝える心苦しさを感じていた。
売上が上がらない原因はどこに
ある?
案の上、営業部第1チームの定例ミーティングでは、メンバーから想定した通りの反論が並ぶ。
「20%アップって!うちのチームで、これ以上どうやって売上を増やせって言うんですか!」
「そうですよ。一度売ったらしばらく設備更新はないし、ほとんどが新規開拓に頼らざるを得ないフロービジネスじゃないですか。もうクタクタですよ」
「Webサイトは難しい技術のアピールばかりだからお客は興味持たないし、そもそも市場のニーズなんて考えないで製品開発するからコンペでは負けるし、うちの会社にはマーケットインの発想がないんだよな。これでは、お客にモノを売れません」
気持はわかる、と木築は思った。だが、組織から一旦売上拡大の業務命令が下った以上は、チームの抱える特有の事情を乗り越えて売れる手段を見出していくことが、営業マネージャーに与えられた役割だ。
「せめて売上目標だけでも、チーム内で情報共有したい。いつの間にか使わなくなったSFAだが、あれをもう一度使ってみないか」
苦しまぎれに提案してしまってから、木築はしまった、と思った。
案の上、メンバー達は、苦虫を噛みつぶしたような表情でお互いに顔を見合わせている。
以前は使いこなせなかった
営業支援ツール
A社の営業部には、決して触れてはいけないタブーがある。ただでさえ費用対効果にやかましい社風の中で、1年前に営業統括部長の麻川が業績向上のためにと社長と経理部長を説得して、クラウドサービスで提供されるSFA(営業支援ツール)を導入した。しかし、どのチームでも活用が定着せず、麻川部長が居並ぶ営業部員達を怒鳴りながら契約解除した光景がいまだに目に浮かぶ。
その時のばつの悪さを打ち消すように、チームメンバーの東がつぶやく。
「あのSFA、訪問顧客のデータをいちいち打ち込むのが、面倒だったんだよなぁ...」
「そうそう、操作が複雑すぎて。顧客リストも結局、使い慣れたExcelに戻っちゃったしね」
営業事務を担当する紅一点・白田に続き、木築を補佐する立場の西村までがSFAの活用を否定する。
「マネージャー、誰も使おうとしないSFAでは、営業活動の効率化などできませんよ。売上目標だけ可視化されても、気があせるばかりですし。せめて我々が売るIoTセンサーのように、入力の手間を感じさせずに、そのまま売上拡大に直結するデータとして活用できるような営業支援ツールがあればいいのですが」
「そんな便利なシステムがあったら、真っ先にうちのチームで取り扱わさせてもらうさ」
苦笑混じりの木築の冗談とともに、朝のミーティングは終わった。売上拡大への有効な解決策が見出せないまま、営業部第1チームのメンバー達はそれぞれの訪問先へと向かっていく。
優良顧客の異動も情報共有
できていない
営業マネージャーの立場は辛い。たとえ有効な解決策を見出せなくとも、チームをまとめる者として一定の成果を上層部に示さないとならないからだ。デスクに戻った木築は、せめてチームのメンバーを後方支援できればと、かつて自分が開拓した大口顧客にコンタクトをとるべく名刺ホルダーをめくる。
3年前に全工場にIoTシステムを納入したB自動車なら、最新のテクノロジー導入に積極的だ。海外での工場設置も頻繁に行われており、大幅なアップセルが期待できる。木築は、名刺に記載された直通電話のアドレスを勢い込んで打ち込む。
「おひさしぶりです。A社の木築です。その節は、お世話になりまして...え、上村品質統括本部長ではないのですか...異動された?...失礼しました!改めてご挨拶に伺わせていただきますので、よろしくお願いします!」
落胆して受話器を置きながら、木築は、数少ない優良顧客の異動を知らずにいたことに衝撃を受けていた。Excelに集約した顧客リストを確認しても、B社の上村は品質統括本部長のままである。
「顧客リストは、営業からの受注報告を受けて、打ち込むものですからね」
木築が振り返ると、日中はともにオフィスで連絡役を担う白田が、からかうように微笑んでいた。
「それに、リーダーが見ているのは何年前の名刺ですか?大手は、優秀な方の異動は早いですよ。でも、見込みの高い順に名刺ホルダーに整理しているだけマシかもしれません。東君なんか、展示会でもらった名刺は全部、机の中に放り込んだままですから」
「なんだって!」
名刺交換は顧客管理の最初の
タッチポイント
木築が東のデスクを開けると、確かに大量の名刺が無造作に散らばっている。
「おいおい、展示会での名刺交換は、わが第1チームにとって貴重な新規顧客への接点だぞ...じゃあ、東はどうやって営業しているんだ?あいつ、成績はいいぞ」
「東君は、東君なりに考えているんですよ。彼は、決裁権のありそうな肩書の名刺だけを持ち歩き、粘り強くアプローチし続けるんです」
「ということは、ここにあるのは見込みのない客の名刺だけってことか」
と、東のデスクを掻き回しながら、木築は思いもかけない名刺を発見する。
-B株式会社 常務執行役員 品質統括本部 部長
佐山啓治 -
先ほど、木築が電話をかけた相手だ。
「東ぁ!B社の後任者と名刺交換しているなら、なぜ報告しない。なぜ、顧客リストに反映しない!?」
「名刺交換レベルでは、顧客リストに反映されませんよ。営業日報に報告されていませんか」
売上拡大に直結する最大のデータを見落とさない
確認するまでもなく、営業日報には顧客訪問履歴とその感触しか記載されていない。SFAの契約解除後、書面で報告する営業スタッフの負担を和らげるためにフォーマットを統一した。それでも重要顧客との名刺交換くらいは気を利かせて記載するだろうと期待して、木築はメンバーの営業日報を改めて読み返す。-しかし、その期待は大きく裏切られ、新たな別の問題が発覚する。
「うーん...まとめて読み返さなければ、気がつかなかったよ。訪ねる担当者が違うとは言え、同じ会社に各人がバラバラに訪問していたなんてな...」
「お客様からもよくクレームを受けます。いったい、おたくは何人営業をよこせば気が済むんだって」
白田の微笑み返しも、何の慰めにもならない。木築は、思わず大きな声を挙げていた。
「だからぁ、お互いの情報共有のためにSFAが必要だって言ったんだよ!」
木築は直近にあった手痛い失敗を思い起こす。
ある大手メーカーと競ったコンペではA社の技術力を顧客に高く評価されながらも、最終決定のタイミングで、その顧客と自社役員とのコネクションを活かした競合社に出し抜かれたのだ。あの時点で競合にあって第1チームになかったもの。それは、強力なコネクションでも企業規模でもない。唯一の顧客接点となる名刺交換から顧客情報を全員で共有し、その情報を最大限に活用して商談成約まで結びつけていく仕組みだったのではないか。
「まったく...IoTセンサーを売る我々が、売上拡大に結びつく最大のデータを見落としていたなんてな」
自分の名刺ホルダーを嬉しそうにめくりながら、木築は売上拡大への重要なヒントをつかんだようだった。
新規ツール導入には周囲の説得が
求められる
「それで、名刺管理ツールを導入したいというのが、第1チームの結論なのか」
麻川営業部長の前で、名刺管理ツールの重要性を力説する木築。だが、相手が悪すぎる。ただでさえ新規ツールの導入には上司が納得するだけの説得材料を示す必要がある上に、営業部には手痛い過去の経緯がある。案の上、木築は麻川のたった一言に撃沈する。
「ならば、私の結論を言おう。せっかく導入したSFAすら放棄した営業部に、新規ツールの導入で無駄なコストを使う資格なし!以上!」