2014年1月アーカイブ

霜柱

霜柱

霜柱 踏みしめ向かう 父母の墓

朝早く父母の墓がある高尾に出掛けた。

墓地は山の中腹を整備して作られたため、標高が高く、温度も少し低い。

墓のまわりや墓に向かう道には霜柱がたっていて、

踏みしめるたびにシャキシャキと霜柱が壊れる音がした。

父や母はこんな山の中にずっと眠っているのだろうか。

それとも、風になって大空を吹きわたっているのだろうか。



冬陽(2014年)

冬陽

冬陽さし 光が跳ねる 常緑樹みどりかな

冬の陽は白く、弱々しい。

太陽が雲間から冬の光をあまねく地上に注ぎ、

勢いを失った常緑樹の緑がその光を白々しく跳ね返している。

そんな白茶けた風景の中を自転車が疾走する。



どら猫

どら猫

どら猫は 随所に主たり 冬の朝

どら猫はふてぶてしい。どら猫は自由だ。

どんな場所でも、自由に、いつも自分自身でいられる。

そして全ての場所を居場所にしてしまう。

今日の朝も、寒い中、平気な顔をして、自分の家のように道端に座っていた。



蕾(2014年1月)

蕾

紅梅の 蕾は赤し 寒の頃

寒の入りから大寒にかけて、寒さが一段と厳しくなる頃、

紅梅の蕾は赤くふくらんでくる。

よく見ないとその変化は分かりにくいが、

寒さの中でエネルギーを貯え、寒さがあける頃に一気に開花する。

寒さは花が開くためにどうしても必要なものなのだ。



大寒(2014年)

大寒

大寒や 多摩川土手を 海へ海へ

大寒の朝、凍える空気の中、多摩川土手を歩く人達がいた。

歩く会のメンバーなのか、防寒着に身をかため、ひたすら歩いていた。

まるで、「ハーメルンの笛吹き男」にでてくるネズミの群れのように、

海へ海へと黙々と歩いていた。



カラス瓜

カラス瓜

烏瓜 裸いちょうが 実をつけた

いちょうの葉がすっかり葉を落として寒々と立っているはずであった。

しかし、不思議なことに、

このいちょうは丸々とした黄色い大きな実をつけているではないか。

銀杏ぎんなんにしてはあまりに巨大で、いったい何だろうと近づいてみると、

なんと黄色い烏瓜がからみついて実をつけているように見えていたのだった。

烏瓜からすれば、そこがついの棲家で精一杯生きれる場所であったわけだ。



句作

旬作

蝋梅の 花を愛でつつ 句作かな

地面にこぼれ落ちた蝋梅の花を拾ってきて、白い用紙の上に置き、

眺めたり、匂いを嗅いだりしながら、俳句に取り組んでいた。

窓から差し込む光が傾き始め、いつの間にか、蝋梅の花も長い影を作っていた。



蝋梅(2014年)

蝋梅

蝋梅が かすかに薫る 裏の木戸

12月から1月にかけて、蝋梅が花をつける。

まるで蝋のようになめらかで、陶器のようにかたい、黄色い花で、

その香りは甘くてせつない。

咲き始めの頃は近づかなければ気づかない程かすかな香りだが、

花が咲き揃うと、庭の裏木戸あたりでもほんのり薫り、

夢のような懐かしい気持にさせられる。



日の出

日の出

正月も 三日目となる 日の出かな

元旦は曇りでなかなか初日が顔を出さず、二日目は寝すごして、

ようやく三日目にして、今年初の日の出を見ることができた。

地平から徐々に明るさを増し、まばゆいばかりの光を放ちながら、

太陽が昇ってきた。

大いなる光に包まれて太陽の恵みを感謝しつつ、

今年も良い年であることを心から祈った。



午後

午後

正月の 午後はゆっくり 過ぎてゆく

正月はほんとうにすることがない。

元旦の朝お屠蘇をすませ、雑煮を食べてしまうと、

初詣に行くぐらいしかすることがない。

テレビを消して、散歩をすると、時間がゆっくり流れているのがよくわかる。

家の前も人通りがなく、寂しい気分になってしまう程だ。

今日の午後は読書でもして過ごそうか。



初日

初日

初日待つ 身を凍らせて 冬の風

今年の元旦は初日の出を見ることができなかった。

朝七時前には多摩川の土手にのぼり、東の空を眺めていたが、

厚い雲が空をおおってなかなか太陽が顔を出さない。

それどころか、川風が強く、どんどん体温が下がっていく。

顔や耳も痛く、手袋をしていない指先もかじかんで、冷たくなってしまった。

こういう年もあると、あきらめて、早々と家に戻った。