2013年9月アーカイブ

彼岸花(2013年)

彼岸花

我が庭で 息をひそめる 彼岸花

人間にも植物にも居場所というものが必要で、

居場所がないと居ごこちが悪くて、長くいられなくなるらしい。

今年、どういうわけか、彼岸花が庭に花を咲かせた。

何かが種子を運んできたのだろうか、なんとなく居ごこちが悪そうで、

息をひそめるように咲いている。

しかし、控えめに咲いている花もなかなか好ましく、

来年あたりはもう少し強く咲いても良いように思えてくる。



九月場所

九月場所

伝統の 重さに耐えて 九月場所

国技館に相撲見物に出掛けた。

大相撲を直接見るのは初めてで、力士達の体の大きさ、

独特の仕草、伝統的なしきたりや手順、華やかな勝負など魅力あふれる興業で、

最後まであきることなく楽しい時間を過ごした。

一方、その伝統の重さのせいか、土俵上でのけがの多さや将来の保証のなさなど、

力士という職業の過酷さにも少し気の毒な思いを持たされた一日だった。



秋の風

秋の風

豆腐屋の 角をまがれば 秋の風

ようやく秋らしい季節になってきた。

北新宿の豆腐店も、夏の暑さが一段落し、

朝晩の手づくり豆腐の味も良くなってきた。

豆腐を買った後、店を出ると、秋の風が心地よく吹き抜けていった。



秋の月

秋の月

名月や 更地になった 母の家

母の家が更地になってしまった。

何もなくなった家の跡を見て

両親のおもい出がことごとく消えてしまったような寂しさを覚えた。

全ては変化し、なくなってしまうということは、

頭ではわかっていても、感情はついてこない。

夜になると秋の月が何もない土地を煌々と照らしていた。



台風一過(2013年)

台風一過

はればれと 台風一過の 秋の空

台風が通りすぎていった後には秋空が残された。

空は高く、空気は澄んで、昨日までのむし暑さはどこかに行ってしまった。

少し赤く染まった夕焼けの下、人々は思い思いに走ったり、散歩したり、

秋を楽しみ始めた。



台風

台風

きっぱりと 枝を折りたる 野分かな

台風18号が日本列島を縦断した。

雨と風が降りそそぎ、吹きすさび、外に出るのもままならなかった。

一夜あけて公園を通ると、楠の大木の大きな枝が、見事に折られていた。



都電

都電

早稲田まで 残暑に向かう 都電かな

会社のそばを都電荒川線が走っている。

三ノ輪から早稲田までを結ぶ、唯一残っている都営の路面電車で、

沿線には下町風情が色濃く残っている。

そして、慌ただしい現代にあって、時間の流れが遅くなったかのような、

錯覚を起こさせる。

そんな懐かしい都電ではあるが、今年の暑さには辟易したらしく、

早稲田まで青色吐息で走っていた。



ひまわり(2013年)

ひまわり

ひまわりや 校舎の陰で 過ごす夏

近くの都立高校の校庭にはひまわりが群生している。

例年なら教室の窓からも、学校の外からも元気に咲く姿がみられる。

しかし、今年は暑さが厳しく、校舎の陰で咲くひまわりは元気だったが、

影のない場所では、さすがに夏後半には、げんなりと、元気がなくなっていた。

いくら夏の花ひまわりでも、今年の夏はとても耐えられなかった。



野鯉

野鯉

尾びれ振る 人に馴れたる 野鯉かな

多摩川の鯉は巨大である。そして人に馴れなれしい。

多くの釣人が岸から糸をたれて、鯉を釣っているにもかかわらず、

岸のそばに寄ってきて、餌をねだっている。

こういう鯉はずうずうしくて、ふてぶてしくて、あまり好きになれない。



花火

花火

住みたいと 思う近さの 花火かな

今年の調布花火大会は例年どおり夏に開催された。

残暑の中、夕方から少し風が出てきて、涼を運んできた。

家の目の前が打ち上げ会場なので、

火の粉がとんでくるのではないかと思うほど近くに大輪の花が開く。

この花火を見るために、

ここに引っ越してきたといってもいいほど見事な花火だった。



ニラの花

ニラの花

かしずかれ 女王然と ニラの花

家のそばには川の土手に沿ってくさむらがつづいている。

その叢の中には、赤や白や黄色の小さな花をつける雑草もたくさん生えている。

そんな雑草の中に、ひときわめだつ花が咲いていた。

白い六つの花びらを持つ花が群生し、清楚な中に華やかさを合わせ持っていた。

調べてみると、なんと「ニラ」の花だった。

どんな花でも自分の居場所があれば、

活き活きと美しく、花を咲かせられるのかもしれない。



法師蝉

法師蝉

病院の 門をいずれば 法師蝉

七月の健康診断で、精密検査が必要な異常が見つかった。

もし検査の結果が悪ければ、かなり深刻な状況と考えざるを得ない部位であり、

結果がでるまで、少なからず心配をさせられた。

幸いなことに、何かを覚悟しなければならない状況ではなかったが、

本当に安心のできない毎日だった。

病院を出ると、つくつく法師が夏の終わりを懸命に主張していた。